早いもので10月。
このまま行くといつの間にか30歳ぐらいになってしまうと感じるほど月日の流れの速さには毎回驚かされる。
あれほどの繁栄を誇っていた蝉時雨も今となっては聞くこともできない。夏の終わりをひた感じ、あの鬱陶しさを懐かしく諸行無常の生命の儚さを常として心に刻む。
私の大学生活最後の学期も始まり、夏休みを終えた学生達が、キャンパスを賑わしている。蝉に変わって発生したこの賑わいが秋の情緒と相成って、心地よく感じる。
さて、私の身辺もこの節目に少し変わった。まずは「早期配属」と名打った新参者10名程度が研究室に入閣した。まだ顔を見ていないが、毎年この早期配属が行われるとどのような輩が入ってくるのか正直気になるところである。すっかり長老となった私にとっては、出来るヤツだろうが、出来ないヤツだろうが構わない。若いというだけで仕事をこなしていると思う。今、研究室に必要なのは若い息吹であり、元気なエネルギーなのである。
すっかりオジサンである。
いや、しっかりオジサンである。
どっちでもいい。
そろそろ今回のテーマにしよう。
前回の続きである「読書の秋」について話を進めよう。
今回は本当に私事で話をしようと思っている、つまらないと思う。なんなら読み飛ばしてほしい。
何故、私が本をよむようになったか?今、国会でも議論の的となっているこの問題について言及したい。いや、してもいいですか?させてください。
いきなり結論から。それは良い本に出会えたから。
中学生の時、当時は学校内で一体どこに図書室があるのかも知らないような少年Nは昼休みといえばグランドでサッカー。読む本といえば、当時絶大な人気を誇っていた「少年ジャンプ」。
絵が無い本なんて遠い国の飢餓問題ぐらい私とは無縁だった。
そんな私に、転機が訪れた。冬だ。外になんか出てられない。「寒い」ということは私の行動力を低減させるには十分なほど説得力のある理由の一つ。寒いというだけで私をグランドから遠ざけれる冬の力は年々力を増していくこととなる。
我が母校で、冬でも快適に過ごせる楽園が図書室であった。年中空調が整備されており、フカフカとまではいかないが、ソファーが置いている。学園最後の楽園、サンクチュアリである図書室に必然的に足は運ばれた。
ここで私は運命の出会いを成し遂げた。今後の私の読書ライフを決定付ける作品に。
本に興味のない私にとって、どの本を読んだらいいのかサッパリ分からない。
ズラッと並べられた無数の本の中からどれが面白いのかなんて、両親の馴れ初めぐらい興味がない。
そんななか一つの作者名「さ く ら も も こ」
さくらももこ?まるちゃん?エジソンは偉い人?パッパパラリラ?ピーヒャラピーヒャラ・・・・・・
私の中でいくつものクエスチョンマークが飛び交う。
記憶が確かなら当時日曜午後6時からテレビアニメ「ちびまるこちゃん」が放映されていた。
ちなみにその後は「サザエさん」だったような気がする。本当にサザエさんは愉快だった。
原作者である「さくらももこ」の名も知っている。てことはこの本はマンガか?
タイトルは「
さるのこしかけ」
中を除くとそれはそれは活字の嵐。
ちょっとがっかり。しかし興味津々。
エッセイと位置づけられたその本は私の期待を大きく超えて面白かった。
作者のユーモアセンスもさることながら、等身大で描かれた作風は私を活字の世界への第一歩としては申し分のない作品だった。
絵のない世界は私の妄想を掻きたて、見ることではなく、読むことの楽しさを教えてくれた。
作品についての説明は不要だろう。さくらももこの初エッセイとして「さるのこしかけ」、「
たいのおかしら」、「
もものかんずめ」と三部作はあまりにも有名。
今でも読み返したい作品の一つであり、お勧めしたい作品でもある。
長くなってしまった。ここらで締めたい。
この「さくらももこ」作品に出会ってから、読書の楽しみを覚え、今に至るまで私の趣味として読書は地位を不動のものとした。
ミステリー、小説、伝記、ドキュメンタリーなど今はジャンルを問わず読むようになった。
その今の私を形成した「さるのこしかけ」には大きな思い入れがある。
しかし、やっぱり秋と言えば、
秋刀魚だよね。