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カテゴリ:楽

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    [ 2007-07-02 23:10 ]
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    [ 2007-02-25 00:17 ]
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    [ 2005-10-04 01:46 ]

 

dream



夢を与えるものは、必然的に責任を受け持つ。

夢を壊してはいけない。

ただ、義務ではない。

by norida_o | 2007-07-02 23:10 |  

BLACK!?



まじでか・・・。

by norida_o | 2007-02-25 00:17 |  

kind and ordeal

どのようなゴールデンウィークをお過ごしになられたであろうか?
私にとって大型連休の現実を知った今回。
人人人・・・・。
なるほど、今回もまた一つ社会を知った。

長崎に帰郷し、友人の結婚式に出席すべく大分へ。
その内容を記しても、見ている方には何のプラスにもなるまい。
記述は遠慮させていただく。
とりあえず、疲れた。

さて、今回は何を書こうか。
大したテーマも思いつかない。
公募でもしたい気分である。


今回のGWでは、多くの方にお世話になった。
この場を借りてお礼を申し上げる。
お陰で楽しい連休を過ごせ、また新たな気持ちで仕事に取り組むことが出来よう。

このグダグダBLOGに自分でウンザリしてきた。
今回はこの辺で打ち止めとさせていただく。
次回は一体いつかは聞かないでほしい。


春と夏の間にある優しい季節。
優しさは試練の裏返し。
木漏れ日は、上から注がれる優しさ。
下からのぞいた太陽は、木々を隔てた眩しい試練。

by norida_o | 2006-05-07 23:11 |  

confidence

モノを書くということ。
作者の一種の意思表示である。
書き手と書いた方が鮮明であろうか。

今回は勝手ながら、私が作者であるケースで話を進めさせていただく。

私は、あるテーマに沿った記事を書くことを、昔より得意としていた。
得意と言っても、それは作者自身のスキルに大きく左右されるため、私にとって得意なのであって、上手いや巧み的なニュアンスはまったく含まれていないことを、先に述べておく。
もちろん今まで、論文大会や、小論文等で賞など取ったことなどなく、誉れたことなど皆無である。

では、得意とは?と話はそこで停滞する。
この答えは私にも見えていない。
この段階では、テーマを持った話を活字にすることに抵抗を感じないと表現する。

いつかの新聞記事にこう書いてあった。
「中学、高校といった学生時代に、反省文を多く書かされた人は、文章表現に長けている」
この記事の真意は定かではない。
このことについては、これ以上言及しないでおこう。


さて、そろそろ本題に入りたい。
テーマ性を持った文章。
これまで、私も多く書いてきた。
このブログ内のみならず、至る所で。

その代表であり、最近の話と言えば、就職活動ではないだろうか。
各分野によって、その特性は多様ではあるが、必ず就職活動をする(した)人は通ってきた道であろう。

履歴書、エントリーシート、筆記試験。

個性も変哲もないテーマを与えられ、数ある縛りの中で、個性、私案を記事にしなくてはいけない。


ここまで私が作者であるケースの話は進んできた。
今回の私の答えは、「テーマを与えられた問題を記事にするのは、得意である。」となる。
つまり、今までの話を考慮に入れても、私にとって、あるテーマについて記事を書くことは苦痛ではない、ということである。

それは、私が捻くれていることが要因であると解釈している。

前述の通り、テーマに対して、個性、私案を生み出さなくてはいけない場合、そこには「発想」という返答が生まれてくる。

実際の私の体験(筆記試験)を例として、記述させていただく。

テーマは「バリアフリー」
バリアフリーについて言及を求められた場合、どのような私案を持っているだろうか?

私の答えは、「現在のバリアフリーは、バリアフリーではない」となる。
私がそこで書いた記事を全て書くのは止めておくが、概要だけ記述する。

「選択肢のない自由(フリー)を現在は、バリアフリーとして唱えており、一般にそれについての、障害(バリア)はないと考えられている。【選択肢のない】というのは、選べないという事であり、障害者シートといった拘束を指す。
障害者を押し込めるようなシートやブースなどが、果たして障害者からバリアを取り除いたと言えるのであろうか。いつまで経っても障害者の見ている景色は、一緒なのではないか。健全者の造った都合の良いルールに追いやられているだけではないだろうか。健全者の社会に対する負い目、世情がバリアであるような気がしてならない。
それを無くすことがフリーとなってはいないか。バリアフリーをハード面だけで捉える時代は、もう終わらなくてはいけない。心のバリアフリーでしか、障害者の見ている景色は見えない。」

簡単であるが、実際私の書いた記事の概要である。
少しでも参考になってくれたら嬉しい。


総括として述べたいのは、求められている記事とは「自信」ではないだろうか。
上記の私の記事にしろ言わば、駄文である。
自信ない記事は、伝わらない。
自分で言いたい事の分からないモノを他人に伝える方法を知っている人はいないだろう。

文字が人ほどに意思を伝える効果を持っているなら、それは只の文ではなくなる。



記事が自信を得て、自身になる。

by norida_o | 2006-03-08 05:15 |  

nothing and no thing

年度末の雑務に追われている。
新しい新居を捜したり、現在住んでいるアパートを引き払う準備をしなくてはいけない。
こういった忙しさも新鮮で悪くない。

6年間も住んでいた。
捨てる物も山ほどある。
大分での生活も残り1ヶ月を切った。

何かと新生活は面倒なことが多そうだ。
ワクワクしていると表現しておこう。


いろいろ売って新生活の肥しにしたいと思っている。
本、服などがメインテーマである。
誰か高く買ってくれる店をご存知ないであろうか。

特に何も書くことはなかった。
ただ書きたくなった。
それだけである。


誰にも迷惑はかけてない。

by norida_o | 2006-03-04 03:30 |  

息抜きにちょっくら旅してきた。後悔はしてない。



デカっ!やっぱデカっ!




スゴっ!てかズコっ!




あっちゃ~!もうしらね~。




MOON~!あぽろっ!




ただいま…ORZ


お土産は虚しさよ・・・googleさんありがとう。
google moon」ってオイ!

さあ、今週も頑張りましょうか。

by norida_o | 2006-01-30 04:09 |  

smart

気付くと今年も10日を消費している。
年末年始を実家で過ごし、戻ってきても何かと追われバタバタとした日々を過ごしていた。
振り返ってみると、なんてことの無い内容を喪失した日々だったことに気付く。
俗に言う「ボケ」という前部を付けた気持ちからの脱却を必要としている。
無常な流れは私の情緒を尽く無視し、己の速度で歩を進めてくれる。
数値として表現される流れを切り離し生きることは、何に逆らうでもない只の逃げである。
世の中に絡まない因子などない。

何を書こうかと思案すればするほど私の筆は進まない。
何か書かないと、と思ってしまった時点で書く気は消失する。
強要されるわけではないが、期待というものを恐れて止まない。
私以上に私を知ることを、欲することを、嫌悪する。

弱い人間でありたい。
経過でありたい。
自分をまだ知りたくない。

目標を設けることに恐怖を感じる。
得たときの自分はどこへ向うのか?
節目を得ることに喜びを感じたい。
強い節は私をまだまだ伸ばすだろう。



今年の抱負は「物事をスマートに考える」


堅くならない!


捻くれない!


謙虚!



嘘!

by norida_o | 2006-01-12 03:22 |  

乾燥戦隊ドライレンジャー

乾燥戦隊ドライレンジャー

何を隠そう私は「乾燥戦隊」という部隊に5年ほど前から所属してる。
主な活動としては、もちろん世の乾燥と戦うこと。
国家レベルの秘密組織として憎むべき乾燥を退治すべく日々戦いを繰り広げている。
ちなみに私は「ブルー」を担当している。「しもやけブルー」とは私のことだ。
個別の活動としては情報収集。
「ソフレ」から乾燥に利く入浴剤が出たという情報が舞い込んできたら、真意を確かめるべくマツキヨへとバイクを走らす。裏のラベルと今まで蓄積したデータベースを照合して、情報の信憑性、有効性などを検証する。
その他、温泉めぐりなどの激務を冬の間こなしている。


他のメンバーも紹介しておこう。


「あかぎれレッド」
我ら「乾燥戦隊」の頼れるリーダー。
任務としては、もちろんトドメの一撃を喰らわせること。
敵は主に食後の皿洗い。冷たい冬でも温水は決して使うことはない尊敬に足る人である。
敵には厳しいが、地球には優しいという一面を持っている。


「ひびわれグリーン」
主な活動は、クーポン、ポイントカードのスタンプを集める。年末年始に行われる商店街くじ引きの引換券をスーパーのカゴ、ゴミ箱等より回収。重要な任務をこなしている。


「冷え性イエロー」
経理。コタツの温度管理。ティッシュくばり。見かけてもそっとしておいてほしい。


「関節痛ピンク」
ただいま欠員。奮って応募してほしい。
履歴書(写真付)を郵送してくれるとこちらから連絡をさせていただく。
これまでを読んでいただけると分かると思うが、かなりの激務をこなさないといけない。
それなりの覚悟を持って応募してほしい。
要第一種普通自動車免許。
具体的に任務を言うと、休み時間に黒板を消すという任務についてもらいたい。



さて、今回は今までに無いほどのグダグダ感でお送りしたが、決して暇なのではない。
飽きられた方も多かろう。馬鹿にしている方も多かろう。
この記事を完成させるのに3時間も費やした私を哀れむなら哀れんでくれ。


しかし、あえてこの決め台詞を言わせていただく。

戦えドライレンジャー!負けるなドライレンジャー!

次回は、「電撃!ドアノブエレキ怪人~指先を襲う微量電流~の巻」をお送りします。

by norida_o | 2005-12-10 02:22 |  

知識

人は生まれながら「モノ」を知ることを本能として持ち合わせている。
人は生まれながら「モノ」を知り得ることを欲している。

面白いほど貪欲に。

メディアでは、知識の泉をテーマにした番組が視聴率を集め、「ウンチク」なんて言葉も一般的に認識されている。雑学が学問の一部になった。
競って自分の知識の豊富さ、深さ、幅広さを表現し、それは尊敬の対象となり、優越感へと姿を変えていく。
一方、「常識」の取り扱いも重宝されるようになった。冠婚葬祭の常識、客人の接待、正しい日本語などフィールドは多様に渡っている。


学問が形を変えたのは、何年前のことだろうか?
「ゆとり」なんて言葉を頭に付け、学力低下問題も軽視できない時代になった。
世間は世の変動において世にあった道を導く方法を古来より持ち合わせている。
需要と供給はバランスをとろうと必死である。

「学校では教えてくれない・・・」や「教科書に載っていない・・・」なんて文句が流行り、入試には決して出ないような問題を頭の悪そうなタレントが答えている。
型を外れた学問がニーズを満たし、それを知識として蓄積している。
正答率の高いタレントを「頭いいなぁ」なんて認識する。


「知識」とは一体なに「モノ」なのか?
望まれている「知識」とは?

「知識」を能力とするならば、それは「生きる力」ではと思う。
かつても今もそれは一緒かもしれないが、今はそれがさらに直接的になったと思う。
例えば「木から火を起こす知識」と言える。

始めに述べた「本能」とリンクしているように感じる。
それは「知りたい」という本能とは違う。

私の学校で学んだ知識というのは「応用」が必要だ。
「学校で教えてくれる・・・」である。
因数分解で話を進める。
因数分解を習ったが、今それが役に立っているかといえば、そうではない。
しかし、因数分解の知識を用い、今、大学にいることは事実。
使うことはないが、利用はした。

うまく表現できないが理解してもらえただろうか?


直接的という話に戻そう。
「ウンチク」や「格式高い常識」、「規格外の教育」など、今までの概念を持っては、けして「生きる力」ではなかったものが、今や「知識」となった。
「応用」を不要とし、「知識」は姿を変えた。
「知識」の姿がスマートになったかどうかは、また別の話。



因数分解では「火」は起こせない。

しかし、そのことを「教えてくれない・・・」。

by norida_o | 2005-10-29 04:38 |  

趣味は何ですか・・・・?Vol.2

早いもので10月。
このまま行くといつの間にか30歳ぐらいになってしまうと感じるほど月日の流れの速さには毎回驚かされる。

あれほどの繁栄を誇っていた蝉時雨も今となっては聞くこともできない。夏の終わりをひた感じ、あの鬱陶しさを懐かしく諸行無常の生命の儚さを常として心に刻む。

私の大学生活最後の学期も始まり、夏休みを終えた学生達が、キャンパスを賑わしている。蝉に変わって発生したこの賑わいが秋の情緒と相成って、心地よく感じる。

さて、私の身辺もこの節目に少し変わった。まずは「早期配属」と名打った新参者10名程度が研究室に入閣した。まだ顔を見ていないが、毎年この早期配属が行われるとどのような輩が入ってくるのか正直気になるところである。すっかり長老となった私にとっては、出来るヤツだろうが、出来ないヤツだろうが構わない。若いというだけで仕事をこなしていると思う。今、研究室に必要なのは若い息吹であり、元気なエネルギーなのである。

すっかりオジサンである。
いや、しっかりオジサンである。

どっちでもいい。


そろそろ今回のテーマにしよう。
前回の続きである「読書の秋」について話を進めよう。

今回は本当に私事で話をしようと思っている、つまらないと思う。なんなら読み飛ばしてほしい。

何故、私が本をよむようになったか?今、国会でも議論の的となっているこの問題について言及したい。いや、してもいいですか?させてください。

いきなり結論から。それは良い本に出会えたから。
中学生の時、当時は学校内で一体どこに図書室があるのかも知らないような少年Nは昼休みといえばグランドでサッカー。読む本といえば、当時絶大な人気を誇っていた「少年ジャンプ」。
絵が無い本なんて遠い国の飢餓問題ぐらい私とは無縁だった。

そんな私に、転機が訪れた。冬だ。外になんか出てられない。「寒い」ということは私の行動力を低減させるには十分なほど説得力のある理由の一つ。寒いというだけで私をグランドから遠ざけれる冬の力は年々力を増していくこととなる。

我が母校で、冬でも快適に過ごせる楽園が図書室であった。年中空調が整備されており、フカフカとまではいかないが、ソファーが置いている。学園最後の楽園、サンクチュアリである図書室に必然的に足は運ばれた。

ここで私は運命の出会いを成し遂げた。今後の私の読書ライフを決定付ける作品に。

本に興味のない私にとって、どの本を読んだらいいのかサッパリ分からない。
ズラッと並べられた無数の本の中からどれが面白いのかなんて、両親の馴れ初めぐらい興味がない。

そんななか一つの作者名「さ く ら も も こ」
さくらももこ?まるちゃん?エジソンは偉い人?パッパパラリラ?ピーヒャラピーヒャラ・・・・・・
私の中でいくつものクエスチョンマークが飛び交う。

記憶が確かなら当時日曜午後6時からテレビアニメ「ちびまるこちゃん」が放映されていた。
ちなみにその後は「サザエさん」だったような気がする。本当にサザエさんは愉快だった。

原作者である「さくらももこ」の名も知っている。てことはこの本はマンガか?
タイトルは「さるのこしかけ
中を除くとそれはそれは活字の嵐。
ちょっとがっかり。しかし興味津々。

エッセイと位置づけられたその本は私の期待を大きく超えて面白かった。
作者のユーモアセンスもさることながら、等身大で描かれた作風は私を活字の世界への第一歩としては申し分のない作品だった。
絵のない世界は私の妄想を掻きたて、見ることではなく、読むことの楽しさを教えてくれた。

作品についての説明は不要だろう。さくらももこの初エッセイとして「さるのこしかけ」、「たいのおかしら」、「もものかんずめ」と三部作はあまりにも有名。

今でも読み返したい作品の一つであり、お勧めしたい作品でもある。

長くなってしまった。ここらで締めたい。
この「さくらももこ」作品に出会ってから、読書の楽しみを覚え、今に至るまで私の趣味として読書は地位を不動のものとした。

ミステリー、小説、伝記、ドキュメンタリーなど今はジャンルを問わず読むようになった。
その今の私を形成した「さるのこしかけ」には大きな思い入れがある。


しかし、やっぱり秋と言えば、







秋刀魚だよね。

by norida_o | 2005-10-04 01:46 |